搭乗員待機所(掩体壕)

この待機所は、福知山市土区の広域農道近くの田の中に残っていました。
近くの住民の方たちに「掩体壕」(えんたいごう)と呼ばれ、戦後は農具の倉庫として使われていました。
この掩体壕は幅1.5m、長さ10m、高さ2mのかまぼこ型をしたコンクリート製の建造物で、中ほどの屋根には空気ぬきの筒が立っていました。
コンクリートの厚さは50cmあり爆弾に耐えるられるようになっていました。
航空基地の滑走路近くにあり、空襲の時に隠れる所がなかったために造られたものと考えられます。
中は人が数十人入れる広さがあり、立って歩くことのできる十分な高さがありました。
この建造物も滑走路や他の施設などと共に、昭和19年末から予科練生、徴用工、朝鮮半島から来た人たちなどの手によって建設されていたものと考えられます。

先の戦争を語る貴重な史料として「掩体壕」を残したいとの想いで地域の方々や私たち調査を進める者たちで「掩体壕を残す会」を結成し福知山市当局と話し合いを進め、結果として一部保存することになりました。現在、福知山市石原にあります日新コミセン(日新地域公民館)の裏庭に写真のような形で保存されています。
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